お正月は家族でテレビを囲んで箱根駅伝を見るのが、正月の過ごし方だという方もいらっしゃるのではないでしょうか。箱根駅伝は長い歴史を持つ、関東学生競技連盟と読売新聞が主催する大会です。この大会で優勝したチームが大学駅伝の関東チャンピオンとして全国大会に進むことができます。その歴史は古く、第一回の開催は1920年にまでさかのぼります。第一回の大会に出場したのはたった4校だけでしたが、現在は出場のシード権を争って関東の大学がしのぎを削ります。箱根駅伝が正月の風物詩となったのは、開催日程にあります。通常1月2日と3日に開催され、大会の様子はテレビ中継されることから、お正月休みで家族がそろった団欒の中でよく見られる番組となりました。箱根駅伝は往復約217キロメートルを10人の襷でつなぐ駅伝です。この長いコースの間には、坂道があったり、当然のことながら踏み切りも存在します。踏み切りはコース上に2箇所存在しています。勝負は時の運とはいいますが、遮断機にひっかからない運も勝つためには必要です。長い歴史を誇る箱根駅伝ですが、戦時中に開催を見合わせたり、コースの変更などはあったものの、天候不良による順延は未だかつてありません。そのため、雪が降りしきる選手が走ることも珍しくはないのです。しかし、厳しいコースにも負けず、雪の降りしきる中を寒さをこらえて仲間と一緒に走りきった選手がゴールのテープを切る瞬間は毎年日本全国の視聴者に感動を与えます。1年を新しい気持ちで迎えたい私たちにとっては、箱根駅伝は心を清々しくしてくれるなくてはならないものだと言えるでしょう。
正月のイベントとして人気の高い箱根駅伝ですが、毎年色々なドラマが繰り広げられています。東京の大手町を出発し、箱根を目指し、復路は往路を戻るマラソンなのですが、全部のコースを10人の走者で走ります。大手町から鶴見、戸塚、平塚、小田原、箱根という感じです。正月の頃の陽気は天気でもかなり寒い時期です。特に山沿いは雪が降る時もあります。あまり悪天候の箱根駅伝というのは記憶にないのですが、長い歴史の中で何度か悪天候の時もあったことでしょう。
お正月と言えば、小さい頃は綺麗な着物をきたタレントさんたちが沢山出てくるバラエティ番組が大好きでしたが、18歳を超えたくらいからは家で親と一緒にお正月は箱根駅伝を見る事が多くなりました。箱根駅伝が開催されるタイミングが1月2日なので丁度いいんですよね。昔だったら新聞も休みで年賀ハガキもお休みだし、初詣は1日に行っているからゆっくりしたくなるんです。なので、こたつでみかんを剥きながら家で箱根駅伝を応援するお正月と言うのがかなり贅沢で楽しい時間なんです。と言っても私は選手や大学には詳しく有りませんので、ひたすらドラマを待ちます。一気に何人も抜いていく選手が居れば興奮してしまいますし、寒さ故に足を痛めてしまう選手がいれば一緒になって痛いような気分になってしまいます。そういう選手を見るのは辛いですね。本番に向けてしっかり練習したのに結果が残せないなんて。
私は普段、マラソン大会の中継は見ない。母などは好きで、国際大会が中継される度にその番組を必ず見ているが、私は興味がない。40キロ以上人が走っている姿をずっと見続けることが楽しいとは思えないからである。だから日本人選手などにも全く詳しくない。メダルなどを取りニュースなどで、何度か流れて耳にしてようやく覚えるといった程度である。最近はあまり目立った活躍をする選手がいないな、という印象を受ける程度だが、箱根駅伝は違う。
箱根駅伝は正月の恒例の行事となってきている。毎年テレビでその中継を見る人も多いだろう。箱根駅伝には長い歴史があり、テレビ中継でも昔の映像が流れることも多く、また当時のランナーにインタビューすることもある。そういったものを見て箱根駅伝の歴史を実感することができ、たすきの重さについても考えさせられる。選手が必死になってたすきをつなぐのはそういった、伝統など大きなものを背負って走るからだろうと実感するのである。箱根駅伝は見ている人を引き付けるものがある。箱根駅伝では、2区がエース区間といわれている。
箱根駅伝は、本当にいいものですよね。孤独な一人旅へと赴く、マラソンと比べても、たくさんの味方の思いをタスキと共に、引き継いでいくあの競技性が、とっても素晴らしいと、そう感じます。味方の箱根駅伝のランナーが、与えてくれる勇気に後押しされて、精一杯に走りぬいている、若者たちの姿というのは、贔屓目に見ているチームのランナーでなくっても、胸をうつものがあり、毎年感動してしまいます。ただただ魅力的な競技ですよね。箱根駅伝が来ると、もう今年お正月もこれで最後だなって、そんな季節感を感じたりもするものです。